測ったこと
このアトラスは「似ている民話が見つかる」ことを売りにしている。 その機能は、機械が物語ではなく言語や本の文体を見ているだけでも、まったく同じように動く。 画面も変わらず、テストも緑のままになる。 だから作る前に「何が測れたら成立と言えるか」を決め、閾値を先に登録した。結果は、落ちたものも含めてここに全部出す。
測定日 2026-09-15 / モデル intfloat/multilingual-e5-small / Embedding 版 1.0 / 対象 1113 話
✓ 通過 — H-01 多言語 Embedding は言語ではなく物語を見ているか
同じ物語のドイツ語版と英語版を 26 組つくり、片方から相手を探させた。対応づけの根拠はそれぞれの本の目次の題名であって、 モデルの出力ではない。だからこの検査は循環しない。
| 探す先 | 候補数 | P@1 | P@5 | MRR | 中央順位 | 偶然の水準 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 英語版グリム 64 話の中から | 64 | 73.1% | 100.0% | 0.838 | 1 | 1.56% |
| コーパスの英語全 1051 話の中から | 1051 | 46.2% | 73.1% | 0.602 | 2 | 0.10% |
閾値は測る前に P@1 ≥ 50% と決めてあった。 実測 73.1%(偶然の水準の 47 倍)。
ただし、言語の効果は確かにある
| 組 | 平均類似度 |
|---|---|
| 独語内 平均類似度 | 0.9391 |
| 英語内 平均類似度 | 0.9325 |
| 独英間 平均類似度 | 0.8842 |
言語をまたぐと平均類似度が系統的に下がる。類似度の絶対値は言語を測り、順位は物語を測る。だからこのアトラスは、類似度の数字そのものではなく順位で見せている。 テーマ推定も、この効果のせいで全話まとめて標準化するとドイツ語 62 話すべてが 空になった。いまは言語ごとに標準化している。
! G-07 — 「似ている」の正体の大半は本である
| 本内ペア数 | 30554.0000 |
|---|---|
| 本間ペア数 | 588274.0000 |
| 本内 平均 | 0.9167 |
| 本間 平均 | 0.8987 |
| 差 | 0.0179 |
| 効果量 Cohen d | 0.7166 |
同じ本の話どうしは、違う本の話どうしより似ている。効果量は「大」。 本アトラスは一冊が一地域に対応するので、これを放置すると 「同じ地域の話は似ている」が構成上の必然として出てしまう。 よって地理に関する主張は、本をまたぐ組だけで行っている。 画面の近傍一覧にも「同じ本/別の本」の札を付けてある。
✓ H-03 — 地理と意味に相関がある(ただし本とは分離できていない)
設計書が価値として掲げていた前提「地理的に近い文化圏の民話は意味的にも近い」を、 本をまたぐ英語ペア 497462 組で測った。
| 地理距離と意味距離の相関 r | 0.315 |
|---|---|
| 置換検定 p(5000 回) | 0.0002 |
| 帰無分布の標準偏差 | 0.100 |
| 検定の有効標本 | 28 冊 |
| 一冊抜きの r の範囲 | 0.230 〜 0.341 |
| 判定 | 地理と意味に相関がある |
検定の単位はペアではなく本である。497,462 ペアを標本数として扱うと水増しになり、ほぼ必ず有意になる。有効な標本は 28 冊である。帰無分布の標準偏差は 0.100 で、観測 r=0.315 はその 3.1 倍にあたる。一冊抜きでも r は 0.230〜0.341 に収まり、特定の一冊が作っている相関ではない。それでも地理は本(翻訳者・時代・編集方針)と交絡しており、「地理が近いから似ている」と「たまたまこの本たちが似ている」は分離できていない。
判定の履歴 ── 帯は一度も動かしていない
| 時点 | 有効標本 | r | p | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| L1 | 11 冊 | — | 0.0496 | 判定できない |
| L4 | 21 冊 | 0.246 | 0.012 | 判定できない |
| L8 | 27 冊 | 0.231 | 0.001 | 地理と意味に相関がある |
| 現在 | 28 冊 | 0.315 | 0.0002 | 地理と意味に相関がある |
L8 でロシア・アイヌ・アラスカ・スリランカ・ナイジェリア南部・ハワイの 6 冊を足して 27 冊で p = 0.001、 L9 でジャマイカを足して 28 冊で p = 0.0002 になった。これを読むときに知っておいてほしいことが四つある。
- 変化は本を足した効果である。計算し直した Embedding のまま、L4 の 21 冊だけで測ると p = 0.012、L8 の 27 冊だけで測ると p = 0.0010 で、それぞれを再現した
- 同じ仮説を 4 回見ている。見るたびに、偶然「成立」に入る機会は増える。 4 回分として p を 4 倍しても 0.0008 で、帯(p < 0.01)の中にある
- r の大きさはジャマイカ本に強く依存する。ジャマイカを抜くと r は 0.315 → 0.231 に下がる(一冊抜きで最大の変化)。 この本はクレオールの聞き書きで、本をまたぐ平均類似度が 30 冊中下から 2 番目(これより低いのは独語版グリムだけ)。 綴りの違いで一様に遠く出る本が地理的にも遠い位置にあることが r を押し上げたと読むのが自然で、地理の証拠として数えない。 ジャマイカを抜いた 27 冊でも p = 0.001 で、結論は一冊に依存しない
- 相関は因果ではない。近い土地の本は、翻訳者・時代・編集方針も近いことがある。 H-02 の本の効果(d = 0.72)も大きく、この二つはこのコーパスでは切り離せていない
一冊抜きの内訳を見る
| 抜いた本 | 残りでの r |
|---|---|
| PG-18450 | 0.335 |
| PG-20552 | 0.301 |
| PG-22072 | 0.341 |
| PG-24569 | 0.320 |
| PG-24714 | 0.333 |
| PG-2591 | 0.285 |
| PG-26070 | 0.316 |
| PG-2892 | 0.308 |
| PG-28932 | 0.332 |
| PG-29021 | 0.309 |
| PG-29287 | 0.317 |
| PG-31481 | 0.311 |
| PG-34431 | 0.327 |
| PG-34655 | 0.328 |
| PG-35557 | 0.321 |
| PG-36668 | 0.308 |
| PG-38488 | 0.322 |
| PG-4018 | 0.331 |
| PG-51002 | 0.321 |
| PG-56614 | 0.317 |
| PG-58816 | 0.318 |
| PG-62509 | 0.297 |
| PG-64807 | 0.301 |
| PG-66923 | 0.326 |
| PG-72735 | 0.230 |
| PG-7439 | 0.312 |
| PG-8933 | 0.291 |
| PG-9368 | 0.305 |
✓ G-06 — 二実装照合
Embedding の計算を ONNX Runtime に任せきりにすると、呼び出し方の誤りに気づけない。 ONNX ファイルから重みだけを取り出し、numpy だけで前向き計算(埋め込み → 12 層 Transformer → LayerNorm)を書き直して照合した。 最大絶対差は 1.04 × 10⁻⁶(閾値 1 × 10⁻⁴)。
照合しているのは「モデルが正しいか」ではなく「この呼び出し方が正しいか」である。 パディングを attention から外し忘れる/平均に混ぜる/長い話を切らずに入れて 後ろが捨てられる —— どれも例外にならず、静かに違う数を返す。
✓ G-03 — 分割は、その本自身の目次と一致した
民話集を一話ずつに割るとき、期待件数はその本の目次が挙げる題名の数から取った。 目次の無い本や、目次と本文の見出しの形が違う本では、著者が刷った通し番号が 1 から欠けなく続くことと、目次があればその番号付き項目の数と合うことの二つを突き合わせた。 採録した 30 冊すべてが一致している。一致しなかった本はコーパスに入れていない。取れた分だけ採ると、その本だけ話の切れ目が 違うことになり、以後の類似度がその差を測ってしまうからである。
群のまとまり具合
PCA(50) → UMAP(8) → HDBSCAN(min_cluster_size=6, min_samples=3)。49 群 / 未分類 127 話 / シルエット係数 0.030。 この値は 1 に近いほどくっきり分かれていることを意味する。この値は「ほとんど分かれていない」。 群は探索の入口として使えるが、境目に意味を読み込んではいけない。
このアトラスが言わないこと
- 民話の歴史的な起源
- 民族間の系統関係、伝播の経路
- 宗教的・文化的な優劣
- 国民性
- ATU 分類(権利上の問題なく参照できる対応表を確認できていない。推定 ATU も出さない)
収録 1113 話 / 解析版 1.0。